涅槃

 涅槃(ねはん)とは、煩悩から解脱して仏となることを言いますが、転じてお釈迦様が亡くなることを意味する言葉としても使われています。

お釈迦様の最後の言葉として有名なのは、「自灯明、法灯明=自らをよりどころとし、法をよりどころとしてあれ」ですが、本当に亡くなる直前の言葉は、弟子達に向けた「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい。」というものです。
私は、これらの言葉はいずれも、弟子達への修行者としての自覚を促す言葉と言えるように思います。
戒律を守り身を慎み心を調える日々の修行は、肉体的にも精神的にも厳しいものです。
道を求める各個人の内面の心の強さが、修行を続けていくのにいかに大切か感じさせられます。

時を経て今の日本、毎年この季節の二月から三月には、福井県の永平寺や横浜の総持寺などの修行道場に多くの修行僧が入門し厳しい修行の生活に入ります。
修行は結局のところ自己との戦いです。
辛い修行生活の中でつい手を抜いてしまったり怠けてしまったりということは生身の人間ですから必ず出てきます。
そこでどう自分を律するか、怠けたい心とそれを制する心、二つの心の葛藤、このあまたの葛藤を乗り越えて新米修行僧は少しずつ修行僧らしくなっていきます。

仏道の修行に限らず、何か大きな目標を成し遂げるためには、多くの場合大変な困難を伴うことが普通です。
しかし、その困難が多ければ多いほど、大きければ大きいほど、目標に到達したときの達成感もまた大きくなります。

上のお釈迦様の言葉のように、諸々の事象は過ぎゆきます。何をしてもしなくても時は確実に過ぎて行きます。
漫然と、あるいは悠々と時の流れのままに生きて行くというのも人の生き方の一つかもしれません。
しかし、何か目標があるのなら、あるいは何かやりたいことがあるのなら、現実を見つめ、自己を見つめ、一歩一歩怠ることなく着実に歩みを進めていきたいものです。
住職記

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