前にくぐまり、後に仰ぐことなかれ

 「前にくぐまり、後に仰ぐことなかれ」
これは、道元禅師が坐禅をする際の心得として示されたもので、元の文章では、
「左に側ち(そばだち) 右に傾き(かたむき)、前に躬り( くぐまり)、後に仰ぐ(あおぐ)ことなかれ」 となっています。
つまり、坐禅をするときは、左や右に傾かず、前にも後ろにも傾かず、体を地面にまっすぐにして坐りなさいということ。
まっすぐに坐っていると、心がすっきりと落ち着き、自然に心と体が一体となってきます。
坐禅の心得は、そのまま日常の生活の心得であり、つまり人生の心得でもあります。
ところで、坐禅は静であり人生は動です。
常に動いています。
動いている中でまっすぐでいるとはどういうことなのでしょうか?

今年2月に平昌で冬季オリンピックが開催され、日本人選手達が大活躍しました。
スピードスケートで金メダルを取ったある選手のオリンピックまでの練習を振り返るテレビ特集のなかで、以前は若干前屈み気味であった姿勢を少し頭を起こして重心を後ろに持ってくるようにしたらタイムが速くなったという話題があり、以前の前屈みのフォームと現在のフォームとが映像で出ていました。
正直素人目には殆ど変わらないようにも見えたのですが、ほんの少しの重心の移動が滑りに大きく影響すると言うことでした。

考えてみれば、左足と右足のスケートの刃にいかに体重と力をうまく伝えて推進力に変えて早く滑るかということがつまりスピードスケートという競技であるわけで、左と右への重心の移動、さらには前後への重心の移動が非常に重要であろうことは、素人にも理解できることです。

さて、一度きりしかない人生という時の流れを生きている私達。
私達一人一人が人生を上手に気持ちよく生きて行くのに必要な要点は、実は滑走するスピードスケートの選手達と同じなのではないでしょうか?
つまり、動きつつある中で常に体の真下・足の真下から重心を外さないということ。
重心が少しずれていると頑張っている割に前にあまり進めない。
重心が大きくずれてしまうと、失敗してコケてしまう。
動きつつ重心が体の真下から離れなければ、あまり力を使わず、流れに沿って生きていくことも出来るし、力を出して頑張れば効率よく結果を出すことも出来る。

坐っていても、動いていても、大切なことは同じ。
いつも、心はどっしりと構えて、重心が体の真下に来るようにする。
そうすると外部からの衝撃(ストレス)にも強くなり、何をするにもスムーズに体も心も動くようになります。

今回のお話しの要点は、”心の重心を体の真下に持ってこよう”ということ。
この文章を書いている今、境内では桜が満開です。
空は雲一つ無く青く、花粉さえ飛んでいなければ、まさにお花見日和。
スケートのシーズンは終わりますが、私達の人生の滑走は続きます。
気持ちよく人生を滑走してまいりましょう。
住職記

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