盂蘭盆

 お盆は正しくは盂蘭盆(ウラボン)と言い、『盂蘭盆経』というお経に由来する言葉です。

――以下、『盂蘭盆経』に出てくるお話し――
安居の最中、神通第一の目連尊者が亡くなった母親の姿を探すと、餓鬼道に堕ちているのを見つけた。喉を枯らし飢えていたので、水や食べ物を差し出したが、ことごとく口に入る直前に炎となって、母親の口には入らなかった。
哀れに思って、釈尊に実情を話して方法を問うと、「安居の最後の日にすべての比丘に食べ物を施せば、母親にもその施しの一端が口に入るだろう」と答えた。その通りに実行して、比丘のすべてに布施を行い、比丘たちは飲んだり食べたり踊ったり大喜びをした。すると、その喜びが餓鬼道に堕ちている者たちにも伝わり、母親の口にも入った。
――以上ウィキペディアより引用――
――安居とは僧侶が一つの場所に集まって修行する期間。比丘とは僧侶のこと。――

このお話に由来して日本でも飛鳥時代から、盂蘭盆あるいは盂蘭盆会と称して餓鬼に供養し、さらには亡き人々に供養する法会が行われるようになりました。
そして、時代が下るとともに次第に日本古来の祖霊信仰と融合しながら民間に浸透していったようです。
現代の日本では、お盆というと、夏のお墓参りの期間という印象しかないかもしれませんが、由来を尋ねてみるとなかなか味わい深いストーリーがあります。
さて、盂蘭盆経において、目連尊者の母親は、自分の子の目連が可愛いあまり、のどが渇いて水を乞う人に目連の為の水だからと一杯の水の施しもしなかったことが、餓鬼道に落ちる原因となりました。
ここに描かれた目連尊者の母親は、愛ゆえに人としてあるべき道を外し、また、愛あったがゆえにその愛した子に救われています。
人は愛ゆえに間違いを犯す。
しかし、愛あるがゆえに愛した人に救われる。
家族の愛は善悪を超えて相手を守ろうとします。
そこには原初の安らぎがあるように感じます。

今年の夏は、記録的な猛暑です。
七月にすでに日本の最高気温を更新し、この先どれだけ暑くなるのか、先が思いやられます。
しかし、暑くてもお盆のお墓参りは大切にして下さい。
お盆でお墓参りに行くということは、家族の絆を大切にするということ。
お盆のお墓参りは、亡くなった家族との絆、そして今いる家族との絆を再確認させてくれます。
どうぞ、お墓参りを大切に。家族を大切に。
住職記

今月の言葉に戻る