怨みを捨てる−法句経

 「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である」
−−ブッダの真理のことば・感興のことば(中村元訳・岩波文庫)より−−
「ブッダの真理のことば」は、法句経あるいはダンマパダといわれる釈尊が実際に語った言葉を集めた仏教最古の経典の日本語訳である。
この本の最初の1ページ目にこの言葉は出てくる。

およそ人類の歴史は戦争の歴史といえる。
釈尊自身も国と国との戦争を止めようとして、結局なしえなかったというエピソードが経典の中に出てくる。
古来、人類は、人と人、集団と集団、民族と民族、国と国、様々なレベルで相争い、その争いが怨みを生み、怨みが争いを生むという悲しい円環の上をいつ果てるともなく巡り続けてきた。
歴史の教科書を見ても、半分以上は紛争や戦争の記述であると言って過言ではないと思う。

人類は争いから逃れることができない。
これが、残念ながら歴史に学ぶ現実であるようだ。
怨みに報いるに怨みを以てするのが、人間の自然な姿であり、あえて怨みを自分から捨てようとするには、つい正義とすり替わってしまいがちな湧き起こる感情を、理性で常に抑え続けていかなければならない。
これは常人には至難である。
世のほとんどの人が常人である以上、結局、この世から争いや戦争が無くなることはない。
それが現実であると思う。
しかしまた、争いや戦争を経験した人の多くが持つ、戦争を二度と起こしてはならないという思いも、同じように無くなることがない。

戦争と平和、これは善と悪という人間の心の二面性が社会に投影されたもののように思える。
与えられた怨みを捨てることは為しがたい。
しかし、この為しがたきを為し続けようとするのが人の真理の道である。
永遠に続く終わり無い道かも知れないが、この道こそが安らぎへの道である。
そう釈尊の言葉は説いている。

今、日本は一見平和に見える。
しかし、社会の内面では、自己の抑制のきかない人々が増えているように感じる。
そして、ついつい右へならえの集団行動は相変わらず。
災いは忘れた頃にやってくるという。
世界を見回せば、紛争だらけ。
日本にもいつ火の粉がとんでこないとも限らない。
争いや戦争は人ごと、と思ってはいけない。

ところで、この「怨みをすてよ〜」が出てくる「ブッダの真理のことば・感興のことば(中村元訳・岩波文庫)」は、短い詩句の集成からなっていてどのページからでも読め、大変読みやすく、また人生の示唆に富む言葉が多く、物事がうまくいかない時、イライラした時などに読むとけっこう良い心の薬になる。
仏教書として基本中の基本でもあり、お薦めの一冊である。
住職記

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