同じ月のもと

 先月の大地震、当地でも震度5強の揺れで瓦が落ちたり、灯籠が倒れたりといった被害がありました。
しかし、津波の被害に遭われた東北地方海岸部の惨状はまさに目を覆うばかりです。
茫然とするほどの数の方々が亡くなり、親を無くし、子を無くし、家族を無くした方が大勢います。
家や物を無くすのも大変なことですが、亡くなった人は戻ってきません。
子を無くした親、親を無くした子、そんな人達のことを考えると本当に胸が痛みます。
諸行無常と言いますが、自然の力は無常であると同時に無情です。
あの、人間の存在などまるで関係ないように押し寄せてくる津波の様子をテレビの映像で見ると、人間の力の小ささを自然の力の巨大さを思い知らされます。
そして、原発の問題。
かつて原子力発電所の設計に携わった人と話をしたことがあるのですが、原子力発電所の設計図は今ですから当然コンピューターの画面で確認できるのですが、それだけでなく紙に印刷した物もあり、新聞紙の倍位の大きさの紙に部分ごとに印刷されていて、その数は万単位(この辺はうろ覚えです)で、膨大な数の設計図を収納する専用の部屋があるのだと聞いたことがあります。
当然のことながら、一人の人が全てを設計できるわけもなく、多くの人が協同して設計をするのでしょう。
全てを細部にいたるまで完全に分かっている人はいないのではないでしょうか。
この巨大で複雑な構造の中に入っているのが環境や人体に大変有害な放射性物質。
一度、環境中に出てしまうとチェルノブイリの事故のように地球規模の被害をもたらす物質です。
管理が難しい巨大で複雑な構造の中に閉じこめられている放射性物質。
今回の原発事故は人災的な面もあると言われていますが、いかに万全であったとしても事故はどのような形で起こるか分かりません。
自然により生み出された人間が、自然の力を凌駕することはできません。
人は自然に対しもっと謙虚にならなければならないように思います。
資源の少ない日本、地球温暖化の問題もあります。原発を使わないわけにはいかないのかもしれませんが、事故は起こるものであるという前提で幾重にも万全のシステムで臨んでもらいたいと思います。
その結果、電気料金は上がるでしょう。
仕方がありません。電気という便利なエネルギーにはそれだけの対価を払わねばならないと言うことです。
安い電気を買っておいて、今回のような形でツケを払うのではたまったものではありません。
コストがかかっても、安全に電気を作ってもらいたいと思います。
そして節電。
原発のないドイツでは、夜の街にネオンはないそうです。
そこまでやらなくても、今の日本の生活からはいくらでも節電できるように思います。
今後は電気に対する考え方を変える必要があるようです。

今回の地震で亡くなられた方々の冥福を祈りますとともに、今、被災地で悲しくつらい日々を送っている人達に一日でも早く笑顔が戻りますよう心から願ってやみません。
住職記

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