落ち葉の行方

 命というのは誠に不思議なものです。
植物は、土と水と光と空気という生命を感じさせない物から自分の体を作ります。
その植物を食べて草食動物は育ち、肉食動物は草食動物を食べて生きています。
そして、動物が死ぬとその死骸は細菌のエサになって腐り土に還ります。
その土がまた植物を育て、食物の連鎖は見事な円環となって巡っています。
地上だけでなく海の中でも同様の食物連鎖があります。
食べ物の連鎖は命の連鎖。
個の命が死んでも、その命は次の命に引き継がれていきます。

科学の有名な法則にエントロピー増大の法則というのがあります。
エントロピーとは、無秩序の度合いということ。
この世界は、ほっておけば秩序から無秩序へと次第に変化していき、その逆は自然には起こらないというもの。
具体的には、お湯を沸かしてもそのまま放っておけば、いずれ熱は周囲の空気に逃げて行きただの水に戻ってしまい、その逆は起こらないということ。
つまり、水を放っておいてもお湯にはならない。
あるいは、掃き集めた落ち葉が風に吹かれて飛び散ったとします。次に逆方向の風が吹いて来ても、飛び散った落ち葉が集めた所に戻ることはありません。さらにちりぢりになるだけです。
ある意味当たり前のことですが、この秩序から無秩序へと向かうこの世界の性質をエントロピー増大の法則といいます。

生命は一見このエントロピー増大の法則に反しているように見えます。
秩序を持たない…つまりただ単にそこにある土と水と光と空気から精緻な秩序の極限である生命の体を植物は作り出します。
動物も食べた物をいったんバラバラに分解して(無秩序に戻して)、その後分解した要素を再構成して(秩序を与え)自らの肉体にし、又エネルギーとして使っています。
本来、無秩序から秩序は生まれないはずなのに、生命はそれを可能にしています。
正確に細かく見ればやはり生命もエントロピー増大の法則に反している訳ではないのですが、秩序から無秩序へと向かう自然の力に抗って自らの体を維持し更には増殖しさえする生命という仕組みは、まさに驚異という以外ありません。
こんな仕組みが何億年もかかって自然に出来上がったというのが現在の科学の知見ですが、生命の精妙さを知れば知るほど本当に時間をかけるだけでこの様な物が生まれるのだろうか?とつい思ってしまいます。
人間は長くて100年しか生きません。その人間の感覚では何億年何十億年という長大な時間のもたらす力は想像しようとしても無理なのかもしれません。

いずれにしろ、今私達人間を含む生命はこの地球で個体の生死を繰り返しながら、生命として存続し続けています。
今のところ、地球以外に生命の存在は確認されていません。
何の偶然か太古の地球に生まれ今へと続いているこの生命(いのち)、誠に希有なものだと言うことは認識すべきだと思います。
そして、人に限らず木も草も虫も動物も全ての生命は本来的に一つのものであり、様々に形を変えながら生命(いのち)を頂いている仲間だという”事実”を心に刻み込んでおくべきだと思います。
住職記

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