苦も楽も すみて冴えたる 秋の空

 「楽は苦の種、苦は楽の種」という諺(ことわざ)があります。
これは安楽への戒めであり、また苦しみの中にある人への励ましの言葉です。
楽な時には、苦を想い、苦しい時には楽を想う――人生を生きていくための生活の智恵とも言える考え方ですが、仏の教えはその先にあります。

苦楽は表裏一体であり、どちらか一方だけを求めても、あるいは避けようとしても本質的に不可能です。
まず、この事実をきちんと受けとめる。
そして苦楽を生み出している自らの心の動き、つまり煩悩と呼ばれ、渇愛と呼ばれ、執着と呼ばれ、欲望と呼ばれ、こだわりと呼ばれる所の、何ものかを求め欲する衝動、この衝動によって行動が引き起こされ、結果として苦と楽が生まれる――この原因と結果の連鎖をあやまたず捉える。
そして、苦と楽という波で覆われている自らの心の表層の状況をつぶさに把握し得た時、高い山に登って下界を俯瞰した時のようなある種の開放感を得ることが出来る。
さらに心を律し、行いを律し続けてゆくと、いつかこの開放感から「感」が取れて解放となり、広い豊かな安らぎの心へつながってゆく。
これが仏の教えであり、悟りと言われるものの詳細です。
しかし、欲望があってこそのこの肉体である以上、最終的な境地に到るのはまさに至難。至難ではありますが、過去に最終的な境地まで到達した人がいるのであれば、誰にでもその可能性はある筈です。
また、悟りを高い山の頂上にたとえれば、頂上まで行かなくとも途中からでもそれなりの眺望が望めるように思います。
少しでも高みを目指し、登ってゆけば、その努力に応じた眺望が得られるのではないでしょうか。

年々、暑さが厳しく長くなってきている夏が終わり、冬へと向かう束の間の秋、静かに自分を見つめ、自己の心の中を点検してみてはいかがでしょう。
今回の題とした句は、9月の終わり夕刻の少し前、日課になっている犬の散歩に行った時に爽やかな秋の空を見上げてふと出てきた句です。
駄作とは思いますが、揚げさせて頂きました。
最後にもう一度。
 苦も楽も すみて冴えたる 秋の空

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