お盆

 毎年、お盆の季節になると帰省ラッシュや行楽地の賑わう様子がテレビに良く出て来ますが、本来は今は亡き自分の先祖や亡くなった方々の魂を家に招いて供養をし、ともに時を過ごすのがお盆です。
最近めっきり減ってきてしまいましたが、各地で行われる盆踊りも、もともとは帰ってきたご先祖様方に一緒に楽しんでもらうためのものだったといいます。
昔からまとまって取れる休日の代名詞のように使われる「盆と正月」、この両者に共通しているのは”家族と過ごす”ということ。
お盆に於いてはこの”家族”に既に亡くなってしまった方々も含まれます。
時の流れを超えて、日本では家族を大切にしてきたということです。
父と母がいて人は生まれてきます。
その父と母にはまたそれぞれ父と母がいる。
私達一人一人は人と人との関係の中で生まれ、そして今生きています。
何でも一人で出来てしまうように感じられる便利な今の世の中ですが、本質的に一人では存在し得ないということを改めて再認識する機会としてお盆は大切なものなのではないかと思います。

毎年毎年少しずつ夏が暑くなってきています。
当寺の地域では七月八月は、ちょっと暑いと三五度を超えるのが当たり前のようになってきました。
日中最高気温が四〇度に迫るような日は、外に出ただけで蒸しオーブンの中でジリジリ焼かれるような感じです。
この太陽の光を一日中浴びているのだと思うと、普段は取っても取っても生えてくる憎い雑草にもつい敬意を表してしまいます。
そんな燃えるような暑さの中でお盆はやって来ます。
普段は別々に住んでいる親子や孫も、お盆には元の家に集まり、お墓参りをし、同じ暑い思いをし、同じご飯を食べ、同じ時を過ごす。
特別な話題がなくても良いのです。高校野球を一緒に観るだけでもいい。スーパーに一緒に買い物に行くだけでもいい。孫であれば、どうやったら祖父ちゃん祖母ちゃんからたくさんお小遣いをもらえるか思惑を巡らすだけでもいい。
そんな風に一緒に時を過ごすことによって、横と縦の命の繋がりが無意識のレベルかもしれませんが感じられて、心の中に染みこんで行きます。
そうやって心の中に染みこんだ無意識の命の繋がりの感覚が、思いやりや他者への優しさの根源となって行くのではないでしょうか。
お盆は、普段は会えない家族と集い、ともに時間を過ごす季節。
そんな日本古来のお盆を大切にして頂きたいと思います。
住職記

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