南無

 曹洞宗の本尊は釈迦牟尼仏です。
釈迦牟尼仏とは、お釈迦様の正式名称。
お唱えするときには「南無釈迦牟尼仏」(なむしゃかむにぶつ)とお唱え致します。
『南無』(なむ)とは、昔のインドのサンスクリット語の音写(音をまねて作った言葉)で「疑うことなく信じて従います」という意味。
南無釈迦牟尼仏は、釈迦牟尼仏=お釈迦様を疑うことなく信じて従います。と言う意味になります。
色々な宗派でこの『南無』と言う言葉は良く出てきます。
浄土宗や浄土真宗では南無阿弥陀仏、日蓮宗では南無妙法蓮華経、真言宗には南無大師遍照金剛というお唱えがあります。
お経の中には無数にこの『南無』という言葉が出てきます。
『南無』は、言葉を換えれば――絶対に帰依します。ということ。
これは、仏教に限らず宗教の本質です。これが無ければ宗教として成り立たないと言っても良いくらい大切なこと。
何か自分より大きなものに、その価値を疑うこと無く受け入れ、それに絶対的に従うということ。
子どもが母親にすがるようなものです。
子が母を慕い、母が子を思うのと同じように、私達は仏に帰依し、仏は慈悲の心で私達を救いとる。
子はどこまでも母を信じ、母はどこまでも子を救う。
同様に、私達はどこまでも仏を信じ、仏はどこまでも私達を救う。
仏教であれば、この大切なところはみな同じです。
不思議なことに、『南無〜』と唱えていると、人の心は落ち着き、気持ちが綺麗になって参ります。

 さて、季節はもうすっかり秋。
夕方の犬の散歩に行こうと思って外を見ると、もう暗くなっていることが多くなりました。秋の日はつるべ落としと言いますが、本当に秋の日が短くなるのは速いように感じます。
薄暗い中で犬の散歩をしていると、薄い雲間に綺麗に月が浮かんでいることがあります。
秋の涼しい夜風に吹かれながら澄んだ月を眺めていると、なんだかこちらの気持ちも澄んでくるような気がします。
お月様は仏様に似ているようです。
南無釈迦牟尼仏。南無釈迦牟尼仏。

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