いただきます と ごちそうさま

 私たち日本人は、食事の前に「いただきます」という言葉を口にします。
食べ終わったあとは、「ごちそうさまでした」。
この何気なく言っているいただきますとごちそうさまですが、改めて考えてみるとなかなか意味深いものがあるように思います。
まず、いただきますと言う時、私たちは何に対していただきますと言っているのでしょうか?
ごちそうさまでしたと言う時、誰に対してごちそうさまでしたと言っているのでしょうか?
まずは、いずれも食べ物その物に対して、或いは食べ物を作ってくれた人に対して、ということになるかと思います。
さらには広げて、食べ物を与えてくれるこの自然その物に対して、とも考えられます。
つまり私達は、この言葉によって食べ物にまつわる全てのことに対して感謝を表しているわけです。
もちろん、この言葉は単なる日本の習慣とも言えますから、何も考えもせず口にしている人達も多いでしょう。
しかし、注目するべきなのは、食べ物を前にして特別感謝の気持ちを持って無い人でも、いただきますと口にした時に、漠然とではあっても感謝の気持ちが心の中に生じるということだと思います。
言葉が感謝の気持ちを呼び起こすのです。
そして、その言葉によって呼び起こされた微かな感謝の気持ちはその人の心の中に次第に染み込んでいきます。

意外と知られていませんが、世界の標準語である英語には、「いただきます」と「ごちそうさまでした」という言葉にそのまま該当する言葉はありません。
英語以外の言語でも、一般に食べ物を与えてくれる神様に感謝する言葉はあっても、食べ物その物や、その背景、ましてや、何に対してなのかも特定せずに感謝の言葉を食事の際に口にするという発想はなかなか無いようです。
私たち日本人は、最近なおざりにされがちな、この「いただきます」、そして、「ごちそうさまでした」という言葉とそれによって伝えられて来た、自分を支えてくれているもの達全てに感謝するという文化を大切にするべきだと思います。
そして、この感謝の気持ちを心の中に持つということは、仏教の教えの中でも特に大切なことです。
仏様の教えを行うのは、頭の中でではありません。頭の中の考えや思いはすぐに移ろい消え去っていきます。
日常の生活の中で実際に行ってこそ身に付いていくものです。
どうぞ、「いただきます」と「ごちそうさまでした」という言葉、当たり前の言葉ではありますが、日々の生活の中で大切にしていただけたらと思います。

住職合掌

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