おんにこにこはらたてまいぞやそわか

 「おん にこにこ はらたてまいぞや そわか」
これは、私がまだ子どもの頃、祖母の部屋の壁に掲げてあった手ぬぐいに書かれていた言葉です。もしかしたらカタカナだったかも知れません。
子ども心に仮名ばっかりで変な文句だなと思ったのですが、どういう意味か祖母に聞いてみると、頭に来たときに怒らないようにするおまじないだよという答えでした。
そう言われて読むと、「にこにこ」とか「はらたてまい」とかなんとなく分かるようにも感じましたが、なにかお経のようなのにちょっと可笑しい感じもあり、祖母の部屋に行く度になぜか気になる言葉だったのを憶えています。
そして後年、私が永平寺へ修行に行きしばらく経った頃私は倉庫を管理する係に配属されていたのですが、倉庫の中を整理していたら何枚かの手ぬぐいが出てきて、そこにこの懐かしい「おん にこにこ はらたてまいぞや そわか」という文句が書いてあるではありませんか。
びっくりしたのと同時になにかとても大事な秘密に遭遇したような気が致しました。
その手ぬぐいは多分昔の記念品か何かの残りだったのだと思います。残ったものが忘れられてそのままになっていたのでしょう。
ネットで調べてみるとこの言葉は昔の総持寺の禅師を務めた西有穆山(にしありぼくざん)という名僧の言葉だったようです。
名僧の言葉であるがゆえか、少しふざけた感じが親しみやすさと同時に深みを与えていて、手ぬぐいの言葉に取り上げられたのかもしれません。
改めて「おん にこにこ はらたてまいぞや そわか」という文字を眺めてみると、まず最初の「おん」と最後の「そわか」は真言といわれる呪文に使われる定型句のようなものです。
「おん」は仏に帰依し奉るという意味。
「そわか」は〜が成就しますようにという祈りの言葉。本来は漢字です。
つまり、「おん」と「そわか」の間のことが成就しますようにというのがこの呪文のスタイルです。
ですので、「おん にこにこ はらたてまいぞや そわか」は、「どうか、にこにこ腹を立てないでいられますように」という祈りの言葉という事になります。

さて今、もうそろそろ終わってくれないかなと誰しも思っているコロナウィルスがまた流行っています。
あそこで出た。誰さんが陽性だ。どこそこの学校が休校になったらしい。毎日そんな話ばかり。気晴らしに遊びに行きたくても人と会うなというのでは一体どうすれば良いのやら。
ついついイライラして少しのことで頭に来てしまったりします。
そこでこの、「おん にこにこ はらたてまいぞや そわか」という呪文の出番。
どうにもならない状況は笑って誤魔化すしかありません。
「おん にこにこ はらたてまいぞや そわか」
「おん にこにこ はらたてまいぞや そわか」
「おん にこにこ はらたてまいぞや そわか」
三回続けて言うと効いてくるようです。

住職記

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