並榎山常仙寺
トップ お寺の紹介 春夏秋冬 年間行事 坐禅
今月の言葉 交通案内 質問箱 お知らせ メール

平成16年分 今月の言葉 平成21年分
平成17年分 22年分29年分
平成18年分 23年分28年分
平成19年分 24年分27年分
平成20年分 25年分26年分
平成三十年

十月
月と仏さま
 澄んだ秋の夜空にかかる月はとても綺麗です。
月は太陽と違って自分からは光らず、満ち欠けがあります。しかし、必ず空のどこかにあり、静かに存在している。
 仏様の心は、そんな夜空に浮かぶ月によく似ています。
主張はしませんが、どこかでいつも見守ってくれている。 
心を静かにすると、そんな仏様の心が私達の心にも映り込んでまいります。
住職合掌
人差し指”月と仏さま” のお話し

九月
ボランティアの心『悲心』
 七月の西日本豪雨の際、被災地で活動するボランティアの方々の姿がよくテレビに出ていました。
 困っている人を助けてあげたいというボランティアの人達の心。心の内側から自然に湧き起こってくる、他人の苦しみを自分の苦しみと同じように感じるこの心を、仏教では『悲心』と言います。
住職合掌
人差し指”ボランティアの心 『悲心』” のお話し

八月
盂蘭盆
お盆は、本来は盂蘭盆(うらぼん)と言います。
盂蘭盆とは古いインドの言葉で逆さづりの苦しみを意味する”ウランバナ”を漢字にしたもの。
お釈迦様の弟子の目連尊者が、生前の行いによって餓鬼道に落ちて苦しんでいる自分の母親のために供養を行ったのが盂蘭盆の始まりと言われています。
住職合掌
人差し指”盂蘭盆” のお話し

七月
心にもとづき
『ものごとは、心にもとづき、心を主とし、心によって作り出される。
もしも汚れた心で話したり行なったりするならば、苦しみはその人につき従う。車を引く牛の足跡に車輪がついて行くように。
もしも清らかな心で話したり行なったりするならば、福楽はその人につき従う。影がそのからだから離れないように。』
「ブッダの真理のことば」より
人差し指”心にもとづき” のお話し

六月
無財の七施
 無財の七施(むざいのしちせ)とは、お金や財産が無くても出来る次の七つの施しのこと。

 一、眼施(がんせ)温かく優しい眼差しを施すこと
 二、和顔施(わがんせ)笑顔で接すること
 三、言辞施(ごんじせ)思いやりのある言葉
 四、身施(しんせ)自分の身体を使い奉仕すること
 五、心施(しんせ)心配り・気配り
 六、床座施(しょうざせ)座席や場所を譲ること
 七、房舎施(ぼうしゃせ)家や部屋を提供すること
住職合掌
人差し指”無財の七施” のお話し

五月
空闊くして天に透り
鳥飛んで鳥の如し
 空はどこまでも闊く(ひろく)、晴れ渡った空を鳥は気持ち良さそうに飛び回っています。
 空は、広くあろうとして広いのではなく、鳥も飛ぼうとして飛んでいるのではありません。
 ただ自然に空は広く、自然に鳥は飛んでいます。
 五月の空を眺めていると、心の中まで心地よいそよ風が入ってくるようです。
住職合掌
人差し指”鳥飛んで鳥の如し” のお話し

四月
前にくぐまり
後に仰ぐことなかれ
 これは、体が前に傾いたり、後ろにのけぞったりしないようにという坐禅をする時の心得。
心を体の中心に据えて、あせらず、ためらわずに生きて行きなさいという人生の心得にもなる言葉です。
住職合掌
人差し指”前にくぐまり、後に仰ぐことなかれ” のお話し

三月
会者定離
 三月は卒園式や卒業式の季節。
 別れの季節です。
会者定離(えしゃじょうり)とは、会ったものにはいつか別れが来るということ。
 別れは寂しいものです。でも、別れの後にはまた新しい出会いがやって来ます。
別れと出会いの繰り返しが人生。別れは大切に心にしまい、新たな出会いに気持ちを進めて参りましょう。
住職合掌
人差し指”会者定離” のお話し

二月
涅槃
 二月十五日は涅槃会(ねはんえ)、お釈迦様のご命日です。
 八十才で亡くなられるまで法を説き続けたお釈迦様の最後の言葉は、
「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい。」
 であったと伝えられています。
住職合掌
人差し指”涅槃” のお話し

一月
心をおさめたならば、安楽をもたらす
「心は、捉え難く、軽々とざわめき、欲するがままにおもむく。その心をおさめることは善いことである。心をおさめたならば、安楽をもたらす。」
『ブッダの真理のことば』中村元訳より
人差し指”心をおさめたならば、安楽をもたらす” のお話し

ページトップへ戻る
並榎山常仙寺  〒370-0802群馬県高崎市並榎町331 電話027-322-7644